思えば高校生だったのあの日

私が高校生の頃だったんです、中国の武術が日本で知られ始めたのは。
当時の私はサッカーにのめり込んでました。
おそらくサッカーの練習帰りだったかと、ブラリと立ち寄った行きつけの書店。
何気なく手に取った、少々大きめの本。
知る人ぞ知る「太気拳」という題の本。
かの澤井研一先生著。
その始めの方のページ、立禅について記述されていた内容のところを読んで、それまで未経験の、大袈裟かもしれないけど衝撃を受けた。
運動センスがそれほど良くない自分にとって、良くなれる何かを求めていました。
そこにズバッと刺さった気がしたんです。
「中国の武術にはそれがある。」
勝手に思い込んだ。
それ以来、中国の武術に目がいくようになり、歳月を経て、澤井先生の指導する明治神宮に通うようになった。
澤井先生という存在に触れさせていただいた事は、私の人生の宝のひとつ。
私が関心を寄せたのは、中国の武術史の中でも、類い稀な武術家が伝えた武術。
そうした武術は、往々にして表舞台には無い。
時を経て、私風情も北京に出向いて、学ぶ事に。
董海川から馬貴に伝わった、そしてその後も奇遇にも恵まれ、現在に伝承された八卦掌
馬貴派八卦掌
その伝承者の李保華老師の元で。
そこで、スポーツのトレーニングの科学(私の専門だが)などとはパラダイムが異なる、アジア圏で醸成された思想・学術とマッチングした身体運動をとくと味わうこととなる。
この文化圏で育まれた武術とは、かくありなんかと。
凡夫も、変わる。
身体、武術の力、健康、如実に変わる事を実感しました。